橘家二三蔵

橘家 二三蔵(たちばなや ふみぞう)は、落語家の名。代数をつけて呼ぶことはない。

  • 橘家二三蔵 - 後∶五代目三遊亭圓生
  • 橘家二三蔵 - 後∶五代目三遊亭圓窓
  • 橘家二三蔵 - 後∶林家彦六
  • 橘家二三蔵 - 本項において詳述

橘家たちばなや 二三蔵ふみぞう
本名 寺田てらだ 多三男たみお
生年月日 1945年6月20日
没年月日 (2023-03-30) 2023年3月30日(77歳没)
出身地 日本の旗 日本秋田県横手市
日本の旗 日本東京都文京区
師匠 八代目桂文楽
七代目橘家圓蔵
名跡 1. 桂小多み
(1964年 - 1968年)
2. 桂楽之助
(1968年 - 1973年)
3. 橘家二三蔵
(1973年 - 2023年)
出囃子 半染め
活動期間 1964年 - 2018年
活動内容 落語家
俳優
配偶者
所属 落語協会
公式サイト 橘家二三蔵 - 落語協会
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橘家 二三蔵1945年6月20日 - 2023年3月30日)は、東京都出身の落語家俳優落語協会に所属していた。本名∶寺田 多三男。出囃子は『半染め』。

経歴

秋田県横手市で生まれ、東京都文京区で育つ。実家は東京でクリーニング店を営んでいた[1]1964年3月、國學院高等学校卒業後八代目桂文楽に入門。前座名「桂小多み[2]

1968年3月、柳家小丸柳家とんぼと共に二ツ目昇進し楽之助に改名。1971年12月12日に師匠文楽が死去したため、1973年1月に兄弟子桂小益、桂文平と共に兄弟子七代目橘家圓蔵門下に移籍、橘家二三蔵に改名。

1979年3月に二代目柳家菊語楼柳亭風枝十代目翁家さん馬五代目鈴の家馬勇と共に真打昇進。

後述のとおり、俳優としての活動も目立った。

2023年3月30日、誤嚥性肺炎のため、死去。77歳没。生前最後の寄席出演は2018年1月7日の浅草演芸ホールとなった[3]

芸歴

  • 1964年3月 - 八代目桂文楽に入門、前座名「小多み」。
  • 1968年3月 - 二ツ目昇進、「楽之助」に改名。
  • 1971年12月 - 師匠文楽が死去。
  • 1973年1月 - 七代目橘家圓蔵門下に移籍、「橘家二三蔵」に改名。
  • 1979年3月 - 真打昇進。

テレビドラマ出演

脚注

  1. ^ 岡本和明古今亭八朝『目黒・柏木・黒門町 内儀さんだけはしくじるな「八代目 桂文楽一門」』文藝春秋、2008年7月30日、163-168頁。ISBN 9784163704005。 
  2. ^ “橘家二三蔵さん、死去 77歳 誤嚥性肺炎で”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2023年4月6日). https://www.daily.co.jp/gossip/2023/04/06/0016218228.shtml 2023年4月6日閲覧。 
  3. ^ 橘家二三蔵 訃報 - 一般社団法人 落語協会 2023年4月6日

外部リンク

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