サンガーラヴァ経

パーリ仏典 > 経蔵 (パーリ) > 中部 (パーリ) > サンガーラヴァ経

サンガーラヴァ経[1](サンガーラヴァきょう、: Saṅgārava-sutta, サンガーラヴァ・スッタ)とは、パーリ仏典経蔵中部に収録されている第100経。『傷歌邏経』(しょうがらきょう)[2]とも。

釈迦が、青年スバ(須婆)に仏法を説く。

構成

登場人物

  • 釈迦
  • ダーナンジャーニー --- 仏教を信奉する女の婆羅門
  • サンガーラヴァ --- 婆羅門。

場面設定

ある時、釈迦はコーサラ国のチャンダラカッパ村に滞在していた。

その村に住む婆羅門サンガーラヴァは、仏教を信奉する女の婆羅門ダーナンジャーニーを批判するが、彼女に勧められ、釈迦を訪ねてみる。

サンガーラヴァは、釈迦が説いている法は、誰かから教わったものか、自ら悟ったものか問う。釈迦は自ら悟り確認したものだと述べつつ、自身の修行時代(アーラーラ・カーラーマウッダカ・ラーマプッタへの師事やセーナー村での解脱)や、四禅三明などについて説く。

続いてスバは、神が居るかどうか問う。釈迦は自ら確めているので居ると答えるが、自ら確かめないまま無闇に信じる者がいるので、問われなければそれを積極的に説くことは無いと言う。

スバは法悦し、三宝への帰依を誓う。

内容

ゴータマ・ブッダとバラモンの青年サンガーラヴァ(バーラドゥラヴァージャ)との会話を記録した経。この経の中で、最高の智慧に到達して、清らかな行いの創始であると自称している指導者には、三種類があるとゴータマは説いている。それは、3ヴェーダなどの伝承に従う指導者と、最高の智慧に到達したと信じて思い込む思索者と、以前に聞いたことがない多くの真理について、自分で真理をさとり、最高の智慧の完成に到達して、清浄な行いの創始であると自称している修行者(またはバラモン)であるとしている。そして、ゴータマ自身は、自分で真理をさとり、最高の智慧の完成に到達したものであると青年に語り、彼はこれまでの歩みと、さとりの内容について青年に説話した [3]

その青年は三ヴェーダをきわめ、世間の事柄や偉人の相にも詳しいバラモン教の学者のようでもあり、「智者」と言うことのできる種類の人間であったようである。

その彼は、ゴータマに対して「はいるのですか」と問うた[4]。 それに対するゴータマの答えは、「パーラドゥヴアージャよ、『神はいるのですか』と聞かれたとき、『神はいる』と答えるであろう。または、 『道理から〔神はいると〕わたしは知る』と答えるであろう。 しかし、この点については智者によって一方的に結論されるべきである。『神はいる』と、というものであった[5][6]

この経において、悟りへの経緯については、以下のようになっている。

第一禅の前に、第一禅・無所有処非想非非想のことが書かれ、その後、第一禅となる。第一禅から第四禅にいたり、宇宙期の悟りにいたるまでが第一の明知であり、人々の生死を見る第二の明知があり、そののち欲望、生存、無明という三つの漏煩悩から心が解脱するとされる。その説話の後に、神の存在について質問された時に、ゴータマは、「智者によって一方的に結論されるべき」であると、はっきり答えた [7]。青年は、ゴータマ・ブッダの教えを信奉する女性に誘われて、ゴータマの説話を聞きに来たようである。その女性について青年は、当初「卑しい人」と蔑視していたが、話をしているうちに、「尊者」と呼ぶようになっている。それは、この女性の話すブッダの姿を聞いて、その話が真理かもしれないと思えてきたのかもしれないからだと、考えられる[8]

悟りへの経緯が細かく説話されているところから考えて、サンガーラヴァ経は、バラモンの思索者に対機説法をしたものであると言える。このとき初めて(バフラマンとされる)「神はあるか」という意味での質問をする智者に、ゴータマは対機したと見ることができる。仮に、バラモンにおける多神教的な神の存在についての質問であれば、「祭祀によって一方的に結論されている」、という回答になっていると思われる。しかし、ゴータマの出した答えは、総合的(論理的)な視点で物事を考えるタイプの「智者」によって、一方的(直感的)に結論されるべきである、という不可解な意味合いのものであった[9]

「ダルマ」という語は、多様な用いられ方をするようになったが、初期においては、ゴータマの悟った宇宙の真理としての万古不易の法を指していたようである、とされる[10]。宇宙の真理とは、当時ブラフマーと呼ばれる存在であった。また、ゴータマの説いたダルマには、人格的なダルマという側面があるとする見解がある。

初期の仏教においてゴータマは、自然現象の背後に神の存在を認めていた[11][12][13]

ゴータマ・ブッダが、明智に至った者にとっての神の存在についてはっきりと言及した説話は、初期の仏典の中ではこの経のみのようである。


日本語訳

  • 『南伝大蔵経・経蔵・中部経典3』(第11巻上) 大蔵出版
  • 『パーリ仏典 中部(マッジマニカーヤ)中分五十経篇II』 片山一良訳 大蔵出版
  • 『原始仏典 中部経典3』(第6巻) 中村元監修 春秋社

脚注・出典

  1. ^ 『原始仏典』中村、『パーリ仏典』片山
  2. ^ 『南伝大蔵経』
  3. ^ 『原始仏典第4巻 中部経典 Ⅲ』第100経 清らかな行いの体験ー サンガーラヴァ経 前書きP426 春秋社2005年 中村元監修 山口務訳
  4. ^ ウパニシャドでは、ブラフマンとは宇宙の最高原理とみなされており、この最高原理が人格的に表象されたものがブラフマーであり、創造神とされていた
  5. ^ 『原始仏典第4巻 中部経典 Ⅲ』第100経 清らかな行いの体験ー サンガーラヴァ経 春秋社2005年 中村元監修 山口務訳
  6. ^ 「智者によって一方的に結論されるべきである」という言葉において、智者とは、質問した青年のような、三ヴェーダをきわめ、世間の事柄や偉人の相にも詳しいバラモン教の学者のような人を指すようでもあり、自分で真理をさとり、最高の智慧の完成に到達した覚者を指すようでもある。
  7. ^ 原始仏典中部Ⅲ第100経清らかな行いの体験-サンガーラヴァ経 前書きP426 山口 
  8. ^ そうした前提の中で、彼は、ゴータマの説話を受けて、真理であると肯定していったように見える。そこで出てきた質問が、ブラフマーという神の存在についてであったと見ることができる。
  9. ^ また、悟りの経緯において、論理的な説明がなく、ゴータマの教えで用いられている直感的(一方的)な意味合いを持つ語には、「ダルマ」、「人格的なダルマ」、「無」、「非想非非想」、「想受滅」、「出起する道」などがあると思われる。
  10. ^ 岩波仏教辞典第二版P901
  11. ^ 『ブッダのことば』中村元 岩波書店 1984年P250第1章第2節注18
  12. ^ また、ゴータマと、調和のとれた美しい自然との神的な結び付きについては、出家前の初禅のとき、悟る前の初禅のとき、死去する前の美しい自然に対した時などの出来事が経文として残っている。
  13. ^ ゴータマがマハ―サッチャカ経を説かれた当時、すでに四禅定の階梯はできており、悟る前の樹下での瞑想が初禅にあたることを、ブッダは出家後に知りえた瞑想の階位に照らして、そのように了解したという見解がある。(出典『原始仏典第4巻 中部経典Ⅰ』第36経 身体の修行と心の修行ー マハ―サッチャカ経 P723 注7 春秋社2004年 中村元監修 平木光二訳)

関連項目

律蔵(Vinaya Pitaka)

経分別
(Sutta-vibhanga)
大分別
(Mahā-vibhanga)
比丘尼分別
(Bhikkhuni-vibhanga)
犍度
(Khandhaka)
大品
(Mahā-vagga)
  • 1.大犍度
  • 2.薩犍度
  • 3.入雨安居犍度
  • 4.自恣犍度
  • 5.皮革犍度
  • 6.薬犍度
  • 7.迦絺那衣犍度
  • 8.衣犍度
  • 9.瞻波犍度
  • 10.拘睒弥犍度
小品
(Culla-vagga)
  • 1.羯磨犍度
  • 2.別住犍度
  • 3.集犍度
  • 4.滅諍犍度
  • 5.小事犍度
  • 6.臥坐具犍度
  • 7.破僧犍度
  • 8.儀法犍度
  • 9.遮説戒犍度
  • 10.比丘尼犍度
  • 11.五百結集犍度
  • 12.七百結集犍度
附随
(Parivāra)
  • 1.大分別
  • 2.比丘尼分別
  • 3.等起摂頌
  • 4.滅諍分解
  • 5.問犍度章
  • 6.増一法
  • 7.布薩初中後解答章・制戒義利論
  • 8.伽陀集
  • 9.諍事分解
  • 10.別伽陀集
  • 11.呵責品
  • 12.小諍
  • 13.大諍
  • 14.迦絺那衣分解
  • 15.優波離問五法
  • 16.等起
  • 17.第二伽陀集
  • 18.発汗偈
  • 19.五品

経蔵(Sutta Pitaka)

長部
(Dīgha Nikāya)
戒蘊篇
(Sīlakkhandha-vagga)
大篇
(Mahā-vagga)
波梨篇
(Pāthika-vagga)
中部
(Majjhima Nikāya)
根本五十経篇
(Mūla-paṇṇāsa)
根本法門品
師子吼品
譬喩法品
双大品
双小品
中分五十経篇
(Majjhima-paṇṇāsa)
居士品
比丘品
普行者品
王品
婆羅門品
後分五十経篇

(Upari-paṇṇāsa)
天臂品
不断品
空品
分別品
六処品
相応部
(Saṃyutta Nikāya)
有偈篇
(Sagātha-vagga)
因縁篇
(Nidāna-vagga)
蘊篇
(Khandha-vagga)
六処篇
(Saḷāyatana-vagga)
大篇
(Mahā-vagga)
増支部
(Anguttara Nikāya)
一集
  • 1.色等品
  • 2.断蓋品
  • 3.無堪忍品
  • 4.無調品
  • 5.向隠覆品
  • 6.弾指品
  • 7.発精進等品
  • 8.善友等品
  • 9.放逸等品
  • 10.第二放逸等品
  • 11.非法等品
  • 12.無犯等品
  • 13.一人品
  • 14.是第一品
  • 15.無処品
  • 16.一法品
  • 17.浄法品
  • 18.後弾指品
  • 19.身念品
  • 20.不死品
二集
  • 1.科刑罰品
  • 2.諍論品
  • 3.愚人品
  • 4.等心品
  • 5.衆会品
  • 6.人品
  • 7.楽品
  • 8.有品
  • 9.法品
  • 10.愚者品
  • 11.希望品
  • 12.希求品
  • 13.施品
  • 14.覆護品
  • 15.入定品
  • x1.忿略品
  • x2.不善略品
  • x3.律略品
  • x4.貪略品
三集
  • 1.愚人品
  • 2.車匠品
  • 3.人品
  • 4.天使品
  • 5.小品
  • 6.婆羅門品
  • 7.大品
  • 8.阿難品
  • 9.沙門品
  • 10.一掬塩品
  • 11.等覚品
  • 12.悪趣品
  • 13.拘尸那掲羅品
  • 14.戦士品
  • 15.吉祥品
  • 16.裸形品
  • 17.業道略品
  • 18.貪略品
四集
  • 1.班達伽瑪品
  • 2.行品
  • 3.優楼比螺品
  • 4.輪品
  • 5.赤馬品
  • 6.福生品
  • 7.適切業品
  • 8.無戯論品
  • 9.不動品
  • 10.阿修羅品
  • 11.雲品
  • 12.只尸品
  • 13.怖畏品
  • 14.補特伽螺品
  • 15.光品
  • 16.根品
  • 17.行品
  • 18.故思品
  • 19.婆羅門品
  • 20.大品
  • 21.善士品
  • 22.荘飾品
  • 23.妙行品
  • 24.業品
  • 25.犯畏品
  • 26.通慧品
  • 27.業道品
  • 28.貪略品
五集
  • 1.学力品
  • 2.力品
  • 3.五支品
  • 4.沙門品
  • 5.文荼王品
  • 6.蓋品
  • 7.想品
  • 8.戦士品
  • 9.長老品
  • 10.伽倶陀品
  • 11.安穏住品
  • 12.阿那伽頻頭品
  • 13.病品
  • 14.王品
  • 15.底甘陀品
  • 16.妙法品
  • 17.嫌根品
  • 18.優婆塞品
  • 19.阿蘭若品
  • 20.婆羅門品
  • 21.金毗羅品
  • 22.罵詈品
  • 23.長遊行品
  • 24.旧住品
  • 25.悪行品
  • 26.近円品
  • x1.俗略品
  • x2.学処略品
  • x3.貪略品
六集
  • 1.応請品
  • 2.可念品
  • 3.無上品
  • 4.天品
  • 5.曇弥品
  • 6.大品
  • 7.天神品
  • 8.阿羅漢果品
  • 9.清涼品
  • 10.勝利品
  • 11.三法品
  • 12.沙門品
  • 13.貪略品
七集
  • 1.財品
  • 2.随眠品
  • 3.跋耆品
  • 4.天品
  • 5.大供犧品
  • 6.無記品
  • 7.大品
  • 8.律品
  • 9.沙門品
  • 10.応請品
  • 11.貪略品
八集
  • 1.慈品
  • 2.大品
  • 3.居士品
  • 4.布施品
  • 5.布薩品
  • 6.瞿曇弥品
  • 7.地震品
  • 8.双品
  • 9.念品
  • 10.沙門品
  • 11.貪略品
九集
  • 1.等覚品
  • 2.師子吼品
  • 3.有情居品
  • 4.大品
  • 5.沙門品
  • 6.安穏品
  • 7.念処品
  • 8.正勤品
  • 9.神足品
  • 10.貪略品
十集
  • 1.功徳品
  • 2.救護品
  • 3.大品
  • 4.優波離品
  • 5.罵詈品
  • 6.己心品
  • 7.双品
  • 8.願品
  • 9.長老品
  • 10.優婆塞品
  • 11.沙門想品
  • 12.捨法品
  • 13.清浄品
  • 14.善良品
  • 15.聖品
  • 16.人品
  • 17.生聞品
  • 18.善良品
  • 19.聖道品
  • 20.後人品
  • 21.業所生身品
  • 22.沙門品
  • 23.貪略品
十一集
  • 1.依止品
  • 2.憶念品
  • 3.沙門品
  • 4.貪略品
小部
(Khuddaka Nikāya)

論蔵(Abhidhamma Pitaka)

関連文献

註釈
要綱書
歴史書
宗教 ウィキプロジェクト 仏教 ウィキポータル 仏教
  • 表示
  • 編集